宇宙とSDGs
―スペースデブリがもたらす地球への影響とは―
ふと夜空を見上げて、玲瓏と輝く星々を眺めたくなることはありませんか? 満天の星空を観た時の感動は忘れがたいものです。しかし、私たちの心に感動と癒しを与えてくれる星空も、都市部で暮らす人々にとっては遠い存在となっています。夜空を見上げても、都市の明かりの影響で星がほとんど視認できなくなっているのです。
実は、星を見えなくしている原因は都市の明かりだけではなく、人工衛星や宇宙開発で生じた宇宙ゴミ(スペースデブリ)などの宇宙空間を漂う人工物の影響もあると言われています。
本記事ではスペースデブリの話を中心に、地球に住む人への影響と持続可能な宇宙開発について解説します。
スペースデブリとは?
スペースデブリ(以下 デブリ)とは、人類が宇宙開発を始めたことで生じた宇宙空間を漂う人工物体のことです。人工衛星を打ち上げるためのロケットそのものやロケットを周回軌道上まで打ち上げた時に切り離されたロケットのパーツ、役目を終えた、あるいは壊れた人工衛星、ミッション遂行中に捨てられた部品、何かに衝突して発生したモノなどを言います。
デブリは、宇宙空間でふわふわと漂っているだけのように思う方もいるかもしれません。しかし、デブリは秒速約8kmという驚くべき速度で地球の周回軌道上を周っているのです。ライフルの弾丸の速度が秒速約1kmなので、比較するとその恐ろしさがわかるでしょう。この速度で周回するデブリは、小さなデブリであっても、とてつもない運動エネルギーを持っているため、宇宙船や宇宙ステーション、人工衛星に壊滅的なダメージを与える可能性があります。
また、人工衛星やデブリ同士で衝突することによって、新たな2次デブリ、3次デブリが発生するという負の連鎖に繋がり、デブリ同士が連鎖的に衝突して自己増殖を繰り返す、ケスラーシンドロームという状態に陥る可能性があります。
現在のデブリの数は10cm以上のものが2万個以上。10cm未満1cm以上のものが50万個以上。1cm未満1mm以上のものが1億個以上存在していると言います。現在運用中の人工衛星に関しては1000基以上あり、運用の終了した人工衛星にいたっては2600基以上あります。これだけの人工物体が地球の周回軌道上を漂っているのです。
デブリと人工衛星の明確な衝突事例は、今のところ3件となっていますが、宇宙開発が進みデブリが増加するにつれて、衝突事故が増えていく危険性が格段に高まるでしょう。
デブリと私たちの生活の関り
デブリの問題は、宇宙での出来事であるため漠然とした問題で、私たちの生活とどのような関係があるのかと首をかしげる方もいると思います。デブリによる影響の身近な例として、私たちが夜空を見上げた時に見える星があります。デブリは、視認できる星の数を減少させている原因の一つとされ、デブリや人工衛星といった人工物体が光を反射することで、地球全体の夜空の明るさを10%以上明るくしていると推測されているのです。
もう一つの例として、人工衛星があります。人工衛星には、社会インフラとして必要な気象衛星、測位衛星(GPS衛星)、通信衛星などがあります。これらの人工衛星がデブリと衝突して壊れてしまったらと考えると、影響の大きさが感じられるでしょう。デブリの少ない高度36,000km付近の静止軌道上に存在する人工衛星は、ただちに衝突するリスクはありませんが、人工衛星とデブリの一番多い高度2,000km以下の低軌道上では大きな問題となるのです。また、低軌道は有人の宇宙ステーションや宇宙船が通る軌道でもあるため、人命の危険にも繋がります。
このようなことからスペースデブリ問題と私たちの生活は、天気予報やGPS通信、衛星放送、地球や宇宙の環境データ収集と様々な場面で関わっているのです。将来的な持続可能な社会、宇宙開発を守るためにはデブリを放置することはできません。安全な宇宙開発を行うためにはデブリ対策は急務となっているのです。
スペースデブリ対策
現在行われているスペースデブリ対策としては、地上の観測センターから観測、追跡をしているデブリとの衝突軌道を予測し、事前に衝突の危険性のある軌道から変更する衝突回避運用。微小デブリ対策として機体を頑丈にし、防護シールドを装備する防護設計。また、ロボットアームを使ったデブリ除去による対策があります。しかし、これらの対策では限界があります。そこで、デブリ問題を解決するべく多くの宇宙機関や民間企業が研究開発、実証実験を行っています。ここではデブリ対策の取り組み事例を紹介します。
▼JAXA
日本の宇宙研究開発機関であるJAXAでは、『導電性テザー』を利用したデブリ除去の実証実験を行っています。長さ数kmにもなる導電性のひもを伸展させてデブリに装着し、電気を流すことでデブリを動かします。地球が持っている磁力を利用して導電性テザーを取り付けたデブリを降下させて、大気圏で燃やすという除去方法となっています。この除去方法は、ロボットアームを使った除去方法と比べて大量の燃料や電力が不要であるというメリットがあります。また、デブリ回避支援ツールである『RABITT』の配布もしています。
▼コロラド大学
コロラド大学ボルダー校では、静電気力を利用した『トラクタービーム』によるデブリの回収方法を研究しています。この方法は、デブリ回収機からデブリに対して電子ビームを照射することで、デブリにマイナス帯電をさせ、プラス帯電をしているデブリ回収機と引き寄せあわせるといった回収方法です。トラクタービームの原理としては、静電気を帯電したプラスチックやビニールのゴミが体にくっついたり、こすり合わせた下敷きと髪の毛がくっついたりするのと同じ原理となっています。
▼スカパーJSAT
衛星通信事業を展開しているスカパーJSATは、世界初となるレーザー方式によるデブリ除去の設計・開発に着手しています。レーザー方式がどういったモノかというと、レーザー搭載衛星からデブリに向けてレーザーを照射することで、デブリに推力を与え、軌道から追い出して大気圏に降下させて燃やすといった方法になっています。また、デブリに接触しないため、比較的に安全性が高く、デブリ自体の運動エネルギーで動かせるためコスト面でも優れた方式となっているのです。
▼住友林業×京都大学
住友林業と京都大学のタッグによるスペースデブリ対策は、宇宙空間に漂っているデブリを除去するといったものではありません。なんと、『木造人工衛星』を作ることでデブリの発生自体を削減するといった取り組みとなっています。宇宙空間を木材で耐えられるわけがないと思う方もいるのではないでしょうか? そこで、木材の耐久性を確認するため、2022年の3月より10ヶ月間にわたり木材の宇宙曝露実験を行い、実験を終えて分析した結果、外観には割れや反り、剥がれなどの問題は無く、強力な宇宙線が飛び交う過酷な環境下でも安定した状態を維持。木材の優れた耐久性が証明されたのです。
この木造人工衛星は、木(Ligno)と人工衛星(Satellite)からなる造語で『LignoSat(リグノサット)』と命名されました。
※2024年の打ち上げ予定
まとめ
私たちの生活は、宇宙の軌道上に存在する人工衛星からの多様な恩恵を受けています。スペースデブリによって人工衛星や宇宙探査機、宇宙船が危険にさらされることにより地球に住む人々の生活にも悪影響が生じ、将来の持続可能な宇宙開発の妨げにもなります。
SDGs(持続可能な開発目標)の目標には『海の豊かさを守ろう』、『陸の豊かさを守ろう』はありますが、宇宙についての項目はありません。宇宙もまた、海や陸と同じ大切な天然資源です。JAXAが独自の18番目の目標として『宇宙も守ろう』を設定しているように、スペースデブリ対策をすることで、未来の宇宙を守り、地球を守ることに繋がるのです。
参考元
・宇宙・空からの目線で考えるJAXAのSDGs
・HTV搭載導電性テザーの実証実験(KITE)
・Space tractor beams may not be the stuff of sci-fi for long
・世界初、10か月間の木材宇宙曝露実験を完了~木材用途の拡大、木造人工衛星(LignoSat)の打上げを目指して~
Sus&Us編集部