SDGsには、なんだか難しそうと感じる言葉が多く使われています。
その言葉の意味を知れば、SDGsをもっと身近に感じるはず。
今回は「相対的貧困」について解説します。

相対的貧困とは

貧困には大きく分けて、「絶対的貧困」と「相対的貧困」があります。多くの人が貧困と聞いてまず思い浮かべるのは「絶対的貧困」ですが、現在は「相対的貧困」が注目されています。

【絶対的貧困】
必要最低限の生活水準が満たされていない状態。飢餓に苦しむ人々やストリートチルドレン、ホームレスなど。

【相対的貧困】
ある地域や社会で、大多数の人たちに比べて生活水準や文化水準が低い状態。その社会での「当たり前の生活」「普通の生活」ができていない状況を指す。

「絶対的貧困」に対し、「相対的貧困」はイメージしづらい貧困です。この“見えづらさ”が相対的貧困の特徴であり、苦しい思いをしている人たちが気づかれないで存在していることが徐々に知られるようになってきました。
例えば日本では、「新しい服が買えない」「食事がインスタントラーメンや菓子パンばかり」「必要な道具を買えず部活に入れない」「学費が払えず大学に進学できない」「友人とご飯に行けない」「家族旅行に行けない」「習い事に通えない」といった状況が挙げられます。

こうした例で分かるように、相対的貧困は経済的な貧しさが根っこにあり、文化的、健康的な普通の生活に支障をきたすものです。次第に社会参加の機会が失われ、人間関係も希薄になっていく特徴があります。

見えない貧困に気づくために

相対的貧困とされる人々はスマートフォンを手にしていることも多く、貧困状態にあるようには見えません。そのため彼らは、「生活が苦しいのは努力が足りないからだ」「お金がないのに贅沢をするのが悪い」「昔はもっと大変だった」といった言葉を浴びることがあります。
しかし、彼らがスマートフォンを手にしているのは、長時間労働の親との連絡手段だったり、苦しい生活を紛らわせてくれるわずかな娯楽だったりする場合があります。

こうした状況に気づくためには、「衣食住が足りていても貧困はありうる」ことを知るのが第一歩になります。
もちろん“貧乏をバネに頑張っている人々”や“質素でも豊かな生活を送る人々”がいることは確かであり、相対的貧困の考え方がすぐにはしっくりこない方も多いかもしれません。また一方で、「貧困になるのは自己責任だ」という考え方もあります。
しかし、社会構造が相対的貧困を形成してしまう面があること、一度、貧困に陥ってしまうと這い上がるのが難しいことなどの現実を直視し、助けを求めている人々を見過ごさないことが、「誰一人取り残さない」SDGsの考え方です。

日本の貧困

日本は、先進国の中でも相対的貧困率が高いといわれています。
2018年の日本の相対的貧困率(年収が127万円以下の人々の割合)は15.4%。つまり、7人に1人が相対的貧困ということになります(厚生労働省の調査より)。

相対的貧困の背景には、非正規雇用率の高さ(2020年時点で男性22.2%、女性54.4%。男女共同参画白書令和3年版より)、子どもからの経済的支援がない単身高齢者の増加、育児費用を一人で負担するひとり親世帯の増加などが挙げられます。

また、相対的貧困の家庭で育った人は相対的貧困に陥りやすいことが知られており、特に「子どもの貧困」として社会問題化されています。この負の連鎖を断ち切るためには、子どもへの教育の機会を確保することが大切です。2019年10月から実施されている幼児教育・保育の無償化はその一助になることが期待されます。
また、公的支援だけでなく、子ども食堂や放課後の無料学習支援などを行うNPO等もあります。そうした団体への寄付やボランティアへの参加などの活動サポートや、身近な人で相対的貧困に当てはまるような人がいないか見回してみるといったことは、一人ひとりが今から始められる取り組みです。