EV普及を阻む数々の要因とは?(後編)
~全固体電池と車載バッテリーについて~
日本でEV(電気自動車)の普及が進まない現状について、後編ではEVに搭載する電池、いわゆる車載バッテリーの話題を中心に解説したいと思います。
前編はこちら
航続距離が短いというEVの大きな課題
EVの進化を語るうえで特に重要となるのが、車載バッテリーの性能向上です。特に充電容量の向上は、航続距離(車が1回の燃料補給で走行できる距離)に直結するため、普及を左右する大きな要素といえます。
現在、EVの航続距離は、一回のフル充電につき200~500キロと公表されているものが大半です。具体的に、近距離走行をメインとした日産「サクラ」や三菱自動車の「eKクロス EV」は180km、ホンダの「Honda e Advance」は259kmと公表されています。また、航続距離が400〜500kmとなる車種としては日産「リーフ e+」の450km、スバル「ソルテラ」の487~567km、ボルボ「C40 Recharge Plus Single Motor」の502kmなどが挙げられます。航続距離が短いと、日常的なドライブにおいては支障がなくとも、遠出の際には心もとなくなるものです。一般的なガソリン車の航続距離600~1,500キロ程と比較した場合はもちろん、トヨタの2代目FCV(水素燃料自動車)「ミライ」が1回の充填で最大約850km走行できることを考えれば、脱炭素の利点を加味してもやはり不便だといえるでしょう。
充電スタンドが少なく、外出先での充電にも苦労する
さらに、この航続距離の問題を難しくしているのが充電スタンドの拠点数です。2023年6月末時点で、日本国内のEV充電スポット数は、19,749拠点となっており、減少傾向にあるガソリンスタンド(28,475拠点)と比べても大きな差があります(EV充電スタンド情報サイト『GoGo EV』の調べによる https://ev.gogo.gs/news/detail/1688345664/ )。
また、充電スタンドの中でも、ガソリンスタンドやカーディーラー、高速道路SAに設置され、外出先の燃料補給に使われる急速充電器は9,770基と、数が非常に少ない状況です。しかも、急速充電器とはいうものの、30分で充電可能なのは15kw程度が限界なうえ、ほとんどの市販EVが搭載しているリチウムイオン電池には、満充電に近づいていくと急速充電の受入電力を抑える特性があります。
そのため、現状のEVは充電時間においてもガソリン車に、大きく引けを取る状況です。
なお、戸建住宅や商業ビル、屋外駐車場等に設置でき、車に乗っていない時間での充電に適している普通充電器についても数が豊富とは言い難い状況です。普通充電器(目的地充電)は急速充電器よりも比較的安価に設置することが可能で、補助金の後押しも行われています。しかし、その補助金額も年間で25億円(2023年8月に予備費30億円の交付が発表)しかなく、約2,000台分の予算しかありません。政府は2030年までに国内に120,000台の普通充電器(目的地充電)の普及を目指していますが、そのためには年間12,500台のペースで充電器を設置する必要があるため、非常に厳しい現実だといえます。
充電池の原料リチウムはレアメタルに該当し、確保が難しい
また、原材料の問題もあります。現在の車載バッテリーの主流であるリチウムイオン電池には、その名の通り、リチウムというレアメタルが必要です。リチウムは埋蔵量が豊富な鉱物とされていますが、近年のEV製造によってその需要が急増。さらにタブレット端末やパソコン、電話などにも用いられるため、材料の確保でシビアな争奪戦が引き起こされているのです
その需要ペースは急速に加熱にしており、三菱総合研究所の予測では2030年のリチウム需要は2022年の2倍超に至るとされています。
充電容量による航続距離の問題、充電機会と時間による利便性の問題、そして材料となるリチウムの資源問題……。車載バッテリーに伴う問題点は山積みといえます。
そうした中、期待が寄せられているのが、日本がその開発において世界をリードする全固体電池の開発です。
全固体電池の特長とは
全固体電池とは、その名の通り、固体の電解質(水に溶けたり、外部から電場を加えられたりすることで電気を通す物質)によって電気を通す次世代型充電池です(全固体電池についてはこちらも参照)。
全固体電池は電解質が液体の充電池と比較して充電性能に優れており、低コストでの生産・量産技術を確立できれば、EV市場の勢力図を塗り替えるともいわれています。充電容量が大きく、充電スピードも今まで以上となり、素材もリチウムに限定されないため、ここまで挙げてきた課題を解決できる充電池なのです。電解質が劣化しにくいため安全性の強化にも期待できるほか、製造時のCO₂排出量もリチウムイオン電池と比較して約3割削減できるというベルギーの交通系環境保護団体トランスポート・アンド・エンバイロメントの言葉も報道されています。
まさにEV開発のキーアイテムであり、メーカーをはじめとした世界中の企業がその開発を急いでいる状況です。その中で、日本は全固体電池の研究開発において世界で有数の技術を誇り、中でもトヨタと出光が保有する特許は計195件、世界でもトップクラスの保有数となっています。
トヨタ自動車と出光興産が協業を発表
2023年10月12日、車載バッテリーの大本命「全固体電池」の量産に関する大きな動きがトヨタ自動車と出光興産から発表されました。両社はEV向けの「全固体電池」の量産に向けて協業することで、2027年から2028年にかけての実用化と、その後の本格量産を目指して技術開発で連携するとしています。
12日の共同会見では、出光興産の木藤俊一社長は今回の協業を、全固体電池の実用化に向かうトヨタの“実現力”を固体電解質の製造・量産に強みを持つ出光興産の“技術力”で支えることを語りました。ここで注目したいのが出光興産の技術力についてです。
石油元売り大手である出光興産にとって、脱炭素は重要課題であり、2001年というかなり早い時期から全固体電池の研究開発に取り組んできた経緯があります。特に、石油精製の副産物である硫黄成分の研究に強く、全固体電池の中でもイオン伝導率が高く、温度への耐久性が高い硫化物系全固体電池の開発に関して先進的な研究を重ねてきました。2022年4月にはNEDO(国立研究開発法人エネルギー・産業技術総合開発機構)の「グリーンイノベーション基金事業/次世代蓄電池・次世代モーターの開発」の一つとして同社の事業が採択されており、こうした実績の数々が、固体電解質の量産体制確立に向けて挑む今回の協業にも繋がったといえるでしょう。
今回の協業は、第一フェーズ「硫化物固体電解質の開発と量産化に向けた量産実証(パイロット)装置の準備」、第二フェーズ「量産実証装置を用いた量産化」、第三フェーズ「将来の本格量産の検討」に分かれています。そして、これらのフェーズを全て満たした先にトヨタが掲げているのが、航続距離を現行EVの約2倍に当たる1,000キロ以上にまで延ばすという目標です。ガソリン車とそん色ない航続距離をEVで達成することが可能になれば、使用用途の制限や充電場所での不便が軽減されるため、EV普及の大きな後押しになると期待できます。
とはいえ、全固体電池の開発にはリチウムイオン電池の4~25倍という製造コストが見込まれるため、技術的な可能性を模索するとともに、量産によるコストダウンも今回の協業で期待されるところでしょう。
まとめ
ここまで、カーボンニュートラルの達成に欠かせないEVの普及が、日本において進まない理由を2回に分けて解説しました。気候変動問題など、環境に配慮したいと思いつつも、自動車は私たちの生活に欠かせない存在であり、経済的な観点でも非常に重要なピースといえます。また、電池の開発は寿命を延ばして交換の頻度を減らすことにもつながり、リサイクルとは違った形で環境貢献が可能です。
トヨタや出光に限らず、日本企業の全固体電池開発に寄せる期待が募っていきます。
Sus&Us編集部